ロシア・ウクライナ・ベラルーシ探訪 服部倫卓ブログ

ロシア・ウクライナ・ベラルーシを中心とした旧ソ連諸国の経済・政治情報をお届け

カテゴリ: 学問のすゝめ

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 こんな新刊のご紹介をいただきました。小泉悠『プーチンの国家戦略 ―岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版、2016年)、2,200円+税。内容は以下のとおり。

 プーチン大統領が絶対的指導者として君臨するロシア。この大国は、どこに向おうとしているのか。軍事、核、宗教、ウクライナ、NATO、旧ソ諸国、北方領土問題、宇宙開発など多岐にわたる切り口からロシアの戦略に迫る。「軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理」で話題となった、いま注目の若手ロシア研究者 小泉悠氏の最新作。

 ところで、この本の帯には佐藤優氏の推薦文が書かれており、佐藤氏の名前の方が著者の小泉さんより大きく目立つようになっている(笑)。以前、ロック評論家・渋谷陽一の本の帯に桑田佳祐が推薦文を寄せ、そちらの方が目立つようになっていたので、見た人が「桑田の本」と勘違いして手に取るという、そんなことがあったのを思い出した。もう小泉さんは誰かの名前を借りて売らなくても大丈夫じゃないでしょうか。



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 以前もタイトルだけご紹介したが、このほど読了したので、改めて取り上げさせていただく。杉本侃編著『北東アジアのエネルギー安全保障 ―東を目指すロシアと日本の将来』(日本評論社、ERINA北東アジア研究叢書5、2016年)である。A5判・312頁、定価:本体5,400円+税となっている。

 ERINA北東アジア研究叢書の一環として刊行された本書は、2011年度に立ち上げられた「北東アジアのエネルギー安全保障に関する共同研究グループ」の研究成果をまとめたものということである。エネルギーの大供給国ロシアと、大消費国日本の関係を、様々な視点から分析することで、周辺諸国を含む北東アジア全体のエネルギー安全保障を論じている。また、研究会立ち上げ後の2014年に、ウクライナで政変が発生したことから、それによって生じたウクライナ危機が図らずも本書の重要な背景になっている。

 順を追って見ていくと、新井洋史による第1章「序論:北東アジアのエネルギー情勢をどう捉えるか?」は、北東アジア地域の持つ特性、日・韓・北朝鮮・中・モンゴル・露という各国の経済・エネルギー事情、国際インフラの特性と整備状況、地域国際協力の枠組みについて論じている。

 本村眞澄による第2章「パイプライン政策とエネルギー安全保障」では、エネルギー安全保障についての視点、パイプラインというものの特質、ロシアのパイプライン政策と対欧米関係、ウクライナのパイプライン問題などが扱われている。パイプライン問題をいたずらに地政学的対立と捉えることを戒める本村氏の年来の主張が改めて打ち出されている。

 兵頭慎治、エレナ・シャドリナ、蓮見雄、原田大輔による第3章「ロシアの対外エネルギー戦略」は、ロシアと北東アジア、ロシアとアジア、ロシアと欧州、ロシアと日本のそれぞれの関係について論じている。

 篠原建仁、安達祐子、蓮見雄、原田大輔、による第4章「ロシア・エネルギー企業の戦略」では、ロスネフチ、ガスプロム、ヤマルLNGプロジェクトについての分析が披露されている。

 真殿達による第5章は、「ウクライナ危機とは何だったのか」というもの。ウクライナ問題の本質に関する、鋭く、目配りの効いた考察だと感じた。

 杉浦敏廣による第6章「カスピ海の資源開発動向とアジア地域への波及」は、カスピ海における石油ガス開発の概況を論じ、アジアへのインプリケーションを探ろうとしている。

 シャグダル・エンクバヤルによる第7章「エネルギーと気候変動」は、本テーマに関する基本を解説した上で、その問題設定を北東アジアに当てはめ、地域のエネルギー消費のあるべき姿を模索した論考である。

 杉本侃による第8章「日ロエネルギー協力の展望」は、長年この分野に携わってきた著者らしく、ロシアのエネルギー戦略の歴史的変遷を踏まえ、日ロ間のエネルギー協力の課題が論じられている。

 巻末には、執筆者らによるウクライナ危機および日本のエネルギーの課題に関する座談会の模様も採録されている。

 書名に「北東アジア」と冠されてはいるが、本書で極東地域を扱ったのはむしろ一部であり、ロシアのエネルギー問題全体に関する概説書だと理解していいだろう。より正確に言えば、ロシアのエネルギー戦略の全体像、ウクライナ危機、東方シフトといった背景を理解した上で北東アジアのエネルギー安全保障を考えるべきだというのが、本書のメッセージなのだろう。



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 先日もちらりと書いたが、東アジアのスラヴ研究学会に出席するため、今日から月曜日まで上海出張である。そこで、こんな本はどうだろうか。高橋基人著『こんなにちがう中国各省気質 ―31地域・性格診断』(草思社、2013)年。内容は、

 中国と一口に言ってもとてつもなく広い。東北地方から海南島まで、沿海部から青海省、チベットまで、住んでる民族もちがえば、文化もちがう。顔がちがう、食物がちがう。「反日デモ」で大騒ぎする報道の向こう側で、どんな人が住み、どんな暮らしがあるのか。住んでいる地域別に人びとの気質を体験的に説いた、面白い中国人論。北京、上海、東北三省から海南島、沿岸部から敦煌、チベットまで、広い中国、ところ変われば、人も変わる、文化がちがう、食べ物がちがう。「反日デモ」報道ではわからない中国人の本当の顔。

 といったものだ。ベテランの元企業駐在員が書いたものなので、非常に真に迫っている。ただ、全部一気に通して読破するような本ではないので、以前買ってチラチラ読んでいたのだが、今回上海に行くということで、上海の部分を読み返した次第。

 上海人の気質は、「精明(ジンミン)」という言葉に象徴される、ケチで小心者で目先の利益にこだわりがちなところ。中国人は皆、上海の街は好きだが、上海人は嫌いだ、と言うそうである。



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 こんな新刊が出ました。ウェンディ・ロワー著『ヒトラーの娘たち ―ホロコーストに加担したドイツ女性』(明石書店、2016年)です。私もベラルーシの地名表記についてのアドバイスをする形で、ちょっとだけ手伝いました。Amazonからコピーすると、内容は以下のようなもの。

 ナチズムが生んだ一般のドイツ女性たちは`血塗られた地'(ブラッドランド)で何を目撃し、何を行ったのか。レイシズム、国家主義のさいはてに待つ、知られざる歴史の闇に迫る。ナチス・ドイツ占領下の東欧に入植した一般女性たちは、ホロコーストに直面したとき何を目撃し、何を為したのか。冷戦後に明らかになった膨大な資料や丹念な聞き取り調査から、個々の一般ドイツ女性をヒトラーが台頭していったドイツ社会史のなかで捉え直し、歴史の闇に新たな光を当てる。



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 論文執筆の参考とするために、既存の文献をいくつか読み返しているところなのだけど、そのうちの一つ、今井雅和『新興大国ロシアの国際ビジネス ―ビジネス立地と企業活動の進化』(中央経済社、2011年)。本書の中で、現在の私の関心に直接関係するのが、第1章第3節の「参入企業とロシア市場」という部分。ここでの分析では、外国企業のロシア市場への参入動機を、「ソーシング」(外国への輸出のための供給基地)、「マーケティング」(ロシア市場での販売)、「(ロシアでの)国内生産・マーケティング」、「リサーチ」と分類しており、この分類法は非常に有用である。そして、著者はロシアに進出した主要外国企業につき、どのカテゴリーに当てはまるかを示して一覧表にしており、非常に参考になった。

 本書執筆時点では、ロシアはエネルギー・資源のソーシング国とは位置付けられても、製造業のソーシング国となるのは非常に考えにくい、という図式だった。当時は、外資企業のロシア工場はもっぱらロシア国内市場向けだった。ロシア工場で現地生産して外国に輸出するようなことは、フィンランド系タイヤメーカーのノキアンなど、ごく一部に限られた。ただ、その後の情勢変化で、最近では日系を含む外国自動車メーカーのロシア工場から諸外国向けに自動車が輸出するようなケースも増えており、現時点でこの分析を行えばかなり違った図式が浮かび上がりそうである。今井さんには、ぜひ本研究のアップデートをお願いしたいところであり、特に今井さんのお詳しいタイヤ市場についての再論を期待したい(タイヤはロシアに所在する外国メーカー工場からの輸出が盛んになっている分野の一つなので)。



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 以前もタイトルだけご紹介したが、このほど読了したので、改めて取り上げてみたい。安達祐子著『現代ロシア経済 ―資源・国家・企業統治』(名古屋大学出版会、2016年)である。

 Amazonの内容紹介をコピーさせていただくと、「ソ連解体からエリツィンを経てプーチン体制へ、未曾有の経済危機から新興国へと成長したロシア経済を、資源のみならず、独自のガバナンスの重要性に着目して包括的に叙述、移行経済におけるインフォーマルな国家・企業間関係の決定的意味を捉え、ロシア型資本主義の特質に迫る。」という内容である。なお、著者はこのテーマに関する博士論文をベースとした著作をすでに英語で上梓しており、本書はそれをアップデートしつつ日本語化したものということである。

 私の理解によれば、本書は現代ロシア経済を、コーポレート・ガバナンスを軸に解き明かしたものである。コーポレート・ガバナンスの一般論、旧ソ連の特殊条件についての考察、ロシアにおけるコーポレート・ガバナンスの整備と実態についての議論、そしてユーコス、シバール(ルサール)、ノリリスク・ニッケル、ガスプロム、ロスネフチ、ロステクを題材としたケーススタディが披露されている。

 本書は400ページを超える大著であり、このテーマについての著作としては本邦はもとより、おそらく世界的に見ても最も完成度の高いものの一つだろう。欧米、ロシア、日本の先行研究を網羅的に把握し、ロシアのコーポレート・ガバナンス問題について非常にバランスのとれた、深い考察がなされている。法整備、産業ごとの特性、企業行動、政治的力学、国際関係などに的確な目配りがなされており、理論や規範だけにとらわれないロシアのリアルが描かれていると感じた。

 本書の完成度を認めた上で、一つだけないものねだりをさせていただくとすれば、本書では先行研究のサーベイが完璧かつ網羅的すぎて、逆に「著者・本書独自の発見や主張が何なのか?」という部分が伝わりにくくなっている印象を受けた。ただし、私の理解する限り、本研究の独自性は確かに存在する。それは、ロシアにおけるコーポレート・ガバナンス違反は、必要悪という面があった、ということではないかと思う。つまり、旧ソ連の企業は単なる「生産単位」にとどまり、市場経済における主体としては不適格なものだったので、私有化の過程でそれを強引な手法を使ってでも最適化する必要が生じ、その再編過程でコーポレート・ガバナンス違反が横行したということが、本書では克明に描かれている。しかしながら、私の印象では、著者はコーポレート・ガバナンス違反が必要悪であったということを示唆するにとどまり、明確に主張として打ち出すことは自粛しているように見受けられた。その点を敢えて明確に主張した方が、本書の独自性が際立ち、学界での論争に繋がったのではないかと、個人的には少々惜しいような気がした。

 いずれにしても、ロシア経済と企業、コーポレート・ガバナンスの諸問題に関心を持つ者にとっては必読となる、きわめて高い水準の研究書である。

現代ロシア経済―資源・国家・企業統治―
安達 祐子
名古屋大学出版会
2016-02-08


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 このほど読了した、久保田博幸『聞け! 是清の警告 アベノミクスが学ぶべき「出口」の教訓』。最近私は、狼少年よろしく、日本の財政問題についての危機意識をことあるごとに表明しているのだが、正直言えば、本書の著者である久保田博幸氏の受け売りの部分が大きい。この方はYAHOOのアプリの経済コーナーに毎日コラムを執筆しているので、それを読むのが日課になっている。で、YAHOOのコラムは無料で読めるが、これだけ色々勉強させてもらっているのでタダ乗りはいけないと思い、その著書を買って読んでみることにした。それが本書『聞け! 是清の警告 アベノミクスが学ぶべき「出口」の教訓』というわけである。著者は前書きでこんな風に言っている。

 私はリフレ派と呼ばれる人達の考え方に対しては、あまり賛同できません。そのリフレ派がデフレ脱却の手本としていたのが高橋(是清)財政でした。リフレ派は特に大きなレジーム・チェンジとされた日銀による国債引受が、デフレ脱却に大きな効果があったとの見方をしていたのですが、ここに違和感を覚えていました。是清の政策が何か勘違いされている面があるのではないかと訝しんでいたのです。

 日銀による国債引受は戦後に制定された財政法で禁じられており、主要国でも中央銀行による国債引受は禁じられています。その禁じられた政策を行ってまで、デフレから脱却を目指すとするリフレ派の意見は、危険な発想と考えていました。

 アベノミクスにおける金融政策では、さすがに財政法で禁じられている日銀による国債引受までは踏み込みませんでしたが、その代わりに年間発行額の7割もの国債を買入れるという異次元緩和政策が決定されたのです。

 リフレ派の政策が日銀の政策となり、その模範とされたのが是清の政策であるのならば、高橋財政を改めて確認し、アベノミクスと比較することがたいへん重要です。

 高橋財政でデフレ脱却に成功したのは、最初のレジーム・チェンジとされる金輸出禁止による効果が大きかったように思われます。

 期待に働きかけるというより、円安や財政政策、政策金利の引下げなどにより直接に経済に働きかける経路が存在していたのです。その財政政策に必要とされる国債の発行方式として日銀の国債引受を選択したと思われます。

 これに対してアベノミクスでは、円安による株高や輸入物価の上昇等への影響はあったものの日銀の異次元緩和が実体経済に働きかけるような経路が見当たりません。リフレ派の言うところの期待に働きかける効果についても、なにやら呪文で物価が上昇するかのような印象を持っています。

 アベノミクスの中心には日銀の異次元緩和があり、その異次元緩和の主役は国債です。日銀による国債引受が、かつて高橋財政の出口政策を困難にさせることになりました。アベノミクスもやはり同様に出口が大きな問題となることが予想されます。

 安倍首相や麻生蔵相は、戦前に高橋是清が財政ファイナンスを断行し、その結果デフレ・不況を脱却したとして、リフレ政策を正当化している。しかし、現実には高橋財政は国債の日銀引き受けの賜物というよりは、その他の条件に恵まれたがゆえに不況を脱出できた。しかも、財政ファイナンスという禁断の政策手段を選択したため、軍事費拡張を求める軍部の圧力に抗しきれず、戦後のハイパーインフレの原因を作るとともに、自らも二二六事件で暗殺される憂き目に会うわけである。これは、日本財政史の黒歴史に他ならないが、数十年後の似非経済学者や為政者によって高橋財政の真相が曲解され、新たな財政破綻を招くようなことがあれば、二重の悲劇となろう。



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 これは週刊エコノミストの先週号、「特集:ヘリコプターマネーの正体」。まあ、私の理解によれば、マイナス金利というのはミッドウェー海戦くらいで、ヘリコプターマネーはいよいよアベノミクスの本土決戦のようなものであり、そんなに遠くない将来に日本国民全員が本件に翻弄される可能性が高いので、問題意識を持っておいた方がいいと、個人的には思う。

 この特集を読んで、だいたい聞いたことのあるような話が多かった。そうした中、岩村充「ヘリコプターマネーはすでに現実:予期せぬ『出口』への備えが必要」は、日銀保有国債の永久債化プランという非常に具体的な危機打開方法が提示されており、新鮮ではあったが、正直この論考だけ極端に技術的で難しすぎ、私にはほとんど理解できなかった。

 ただ、直感的に思うことは、この岩村さんの提示している解決策は、とても頭の良い人が考えた、優れて工学的な対処法だということである。ということは、原発のように、すべてが遺漏なくきちんと機能すれば確かに有用かもしれないが、一つ想定外の出来事で歯車が狂えば、破局的な事態がもたらされるのではないかと、そんな予感を感じてしまうのである。それは、政治家の不用意な一言かもしれないし、S&Pの格下げかもしれないし、ヘッジファンドの攻撃かもしれないし、大地震かもしれない。こういうものは、プロ中のプロの高度なプランよりも、一般庶民の「国がいくら借金してもチャラなんて、絶対おかしい」という市井の感覚の方が、えてして本質を突いていたりするものだと思う。

 まあ、大多数の国民にとっては、「難しい話はさておき、では我々はどうすればいいの?」ということに尽きるだろう。エコノミストのこの特集号には、萩原博子「高インフレに備えるお金の動かし方」、深野康彦「インフレに備える投資術:不動産、金を買い、国債はショート」といった実践的な記事も掲載されているので、目を通しておいて損はないだろう。



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 これも夏休みに読んだ本。明石書店のエリアスタディーズのシリーズで、『イギリスを知るための65章』。私自身、現在そのシリーズの別の国の作業をしているところなので、他の国も参考例としていくつか読んでおり、今回はBrexitもあったのでイギリス編を紐解いてみたというわけである。ちなみに、このエリアスタディーズのシリーズは、電子書籍のKindleになっているものといないものがあり、私はKindle版が得られる本はそちらを選ぶようにしているので、今回もKindle版を利用した。

 そんなわけで、イギリスの65章を読破はしてみたものの、イギリス編はだいぶ歴史・文学・文化に偏重した中身だった。逆に言うと、今日の政治・経済・社会問題、国際関係などは、かなり手薄である。私の発想では、ビートルズ、パンクロック、イングランド・プレミアリーグ、ラグビーなどの章くらいあってもいいと思うのだが、それらは正面から扱われていない。まあ、イギリスのようなネタが尽きない国は、ある程度重点項目を絞らないと本としてまとまらなくなってしまうので、これはこれでいいのだろう。せっかくなので、EUに関係したくだりだけ、以下引用しておく。

 二〇〇二年一一月、日産のゴーン社長(当時)は、早期にユーロ参加が実現しない場合、イングランド北東部サンダーランドからヨーロッパ市場に向けた新型車の生産拠点をよそに移すつもりだ、とブレア首相にせまった。日産が五〇〇〇人の雇用を提供しているこの地方は、ブレア首相の地元である。一九九七年、トヨタの奥田社長(現会長)は、欧州通貨統合に参加しなければイギリスへの投資を見直すと警告したが、そもそもこの年、「親ユーロ」を掲げて総選挙で保守党を破ったのが、現労働党ブレア政権であった。ユーロ安ポンド高が製造業に影響しないはずがない。製品輸出の六割をヨーロッパ市場に頼っている現状で、この国の製造業を支える日本やアメリカのメーカーからの批判は免れない。

 イギリスにとって、EC加盟は政策の大転換だった。それは、植民地や自治領との貿易において享受してきた特恵関税など、大英帝国の遺産をすて、「西」ヨーロッパ市場を選ぶことを意味した。背後には、スターリング・ポンド圏が縮小して、ポンドが切り下げ一歩手前まで弱体化していたという通貨事情があった。また、軍事的にはアメリカとNATOで連携していてもドルへの反発が強いヨーロッパで、首都ロンドンを一大金融市場と変貌せしめる。こんな夢もEU加盟には託されていた。



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 夏休みに読んだ本の紹介。しばらく前から書店の店頭で目にして気になっていた、徳勝礼子『マイナス金利―ハイパー・インフレよりも怖い日本経済の末路』(東洋経済新報社)。その内容は、「邦銀と外銀との相対取引で発生した円のマイナス金利が、いまや短期国債市場にも波及している。そうした事態を引き起こす原因を探っていくと、空前の金融緩和と、それと表裏一体となった財政拡張に突き当たる。低い国債金利は市場が財政リスクを懸念していないからではなく、懸念しているからこそマイナス金利がある、というロジックが解明される。外資系証券でレラティブ・バリュー・アナリストを務める著者が、金融マーケットが発している日本経済への警告を読み解いた、異色の日本経済論」というもの。

 はっきり言って、かなり読み応えのある本であり、私もたぶん半分くらいしか理解できなかったと思う。著者は、なるべく分かりやすい例え話などを多用して、読者に伝えようと努力しているものの、肝心な部分では難しい話をたたみかけるような感じになり、個人的にすべてを消化することはできなかった。いやでも、日本経済の行く末を考える上では避けて通れない、必読書になると考える。以下では、特に重要と思われる部分だけ、引用してみる。

 ドル資金の調達にプレミアムが付くということは、逆にドル資金を既に持っている投資家から見れば、収益機会となる。何しろ、ドルを貸してあげれば、円は市場よりもかなり低い金利で借りられるからだ。しかし、ドルを貸すことによって円をマイナス0・2%で調達できれば、円の短期国債にマイナス0・05%で投資しても利ザヤが得られることになる。そのような投資家がマイナス金利で調達した円で円資産を実際に購入し始めることで、2014年9月のような円金利のマイナス化が目に見える形で発生してきた。これこそが元祖・円のマイナス金利だ。

 財政拡大のために信用リスクが高まっている国家に対して、通常なら市場はそれなりの金利を要求するだろう。しかし、国家が制度や規制を通じて国民が低金利でも国債に投資せざるを得ない状況を作ることで、人為的に低金利が維持されるように誘導することができる。これが金融抑圧だ。金利を市場で自由に決まる水準よりも低く「抑えつける」という意味で抑圧という強い言葉が使われている。

 中でも、タイトルに「ハイパー・インフレよりも怖い」とあるように、本書の中で著者が中心的なメッセージとして打ち出しているのは、次のような点である。

 そういう意味では、これまでいろいろな形で予想されていたドラマチックなハイパー・インフレや、国債暴落、日本国の破綻は起こらず、金融抑圧の究極の形態としてのマイナス金利が最終的に財政のつじつまを合わせていく、という可能性があるのではないか。

 もし暴落と破綻が起こってしまえば、その後には再生することもできる。しかし、マイナス金利によって徐々に国の借金が国民の資産によって少しずつ強制的に埋め合わされていく形になれば、衰弱死的な経済になっていくように思われる。そのような展開は、ある意味破綻よりも怖いとはいえないだろうか?

 ハイパー・インフレは確かに怖い。しかし、それが衰弱死よりもまだ希望を持てるとすれば、それが短期決戦で否応なく再生を強制することだ。太平洋戦争の後のハイパー・インフレは確かに途方もなく苦しく、筆者自身も自分がその場にいたら、乗り越えられるかどうか正直不安である。しかし、人的資源があれば経済を再建できる。ゼロからやり直せばプラスに持って行けるからだ。一方、国の債務のつじつまが合うまでマイナス金利が継続する社会で幼少期から青春までを過ごして育ったら、その人間はそこから経済を再建しようと思うガッツを持ち合わせるだろうか。



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 今般こんな本が発行された。『世界ダークツーリズム ―人類の悲劇の歴史をたどる旅』である。この中に私の書いた「ホロドモール博物館:歴史の闇に埋もれた旧ソ連時代の大飢饉」も採録されている。とはいえ、この書籍を紹介するのは、少々気が重い。私の研究者としての立ち位置と、編集側の編集上の都合がかみ合わず、辛い作業になった。まあ、そのあたりについては2月のエッセイに書いたので、私の認識をよりストレートにお知りになりたい方は、そちらを参照していただければ幸いである。こうやって出来上がった本を手に取ってみると、他の章の担当者は作家、ジャーナリスト、ライター、旅行ガイドといった方々が多く、研究者は私を含め数少ない。編集側としては、もっと現地を訪れた時の臨場感ある報告のようなものが欲しかったんだろうな。まあ、「ホロドモールにそのものの解説をお願いしたい、訪問記などはこちらで用意するから」と編集側から言われたから、それくらいならできるかなと思って、渋々引き受けたんだけど。ともあれ、他の章はたぶん読みごたえがあると思うので、買って損はないはず。1,800円+税。



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 いやあ、これは面白かった。橘玲著『タックスヘイヴン Tax Haven』(幻冬舎文庫、2014年)である。ただ、最近関心が集まっているタックスヘイブン問題に関する解説書というのではなく、小説である。パナマ文書問題を発端にタックスヘイブンが話題になっているのに合わせ、2014年に出た本を最近電子書籍化したという経緯である。内容は以下のとおり。

 東南アジアでもっとも成功した金融マネージャー北川が、シンガポールのホテルで転落死した。自殺か他殺か。同時に名門スイス銀行の山之辺が失踪、1000億円が消えた。金融洗浄(マネーロンダリング)、ODA、原発輸出、仕手株集団、暗躍する政治家とヤクザ……。名門銀行が絶対に知られたくない秘密、そしてすべてを操る男の存在とは? 国際金融情報小説の傑作!

 橘玲氏の現代の経済問題についての著作は私も何点か読み、ライターとしての力量は分かっているつもりだったが、小説作品もここまで面白いとは、驚きだった。本書の場合は、マネーロンダリング問題、日本社会の闇をサスペンス的に描き、そこに青春グラフティ的な要素も無理なく落とし込んでいるところが凄い。ただし、本書に登場するタックスヘイブンはほぼシンガポールに限られ、正直タイトルも別の方が良かったのではないかと思えるほどで、タックスヘイブンに関する概括的な知識を習得するために本書を手に取ると、やや空振りになるかもしれない。



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 このほどこんな本をKindle版で読んでみた。山田吉彦『完全図解 海から見た世界経済』(ダイヤモンド社、2016年)というものである。「海がわかれば、経済がわかる。激変する世界をつかむ新しい視点! 経済予測・分析に使えるデータ満載! 各種データ、航路図などなど、図解でわかりやすい!  激変する世界をつかむ新しい視点。日本の貿易は、99.7%が「海」で行われる。南シナ海は、20兆円の貿易圏である。世界を動かす「石油価格のメカニズム」。経済予測・分析に使えるデータ満載!石油、海運、造船、漁業、紛争etc」などとうたわれている。

 読んでみたところ、海をめぐる経済の諸問題を頭の中で整理する上では、それなりに役に立つ本だなと感じだ。しかし、入門書であるためか、どうも全体に食い足りない。それに、私自身がある程度知見のある分野、たとえばロシアに関してのくだりなどは、全体的にピント外れで、首を傾げてしまったのも事実である。一例として、以下のような部分だ。

 現在のロシアも19世紀の南下政策と同様の動きをしています。目的は天然ガスの輸出ルートの確保です。まずバルト海を目指しましたが、ソ連崩壊後、バルト三国とポーランドはEUの一員となり、現在はロシア軍の仮想敵国ともいえる北大西洋条約機構(NATO)にも加盟しています。今もロシアが支配するバルト海の港、カリーニングラードは、ポーランドとリトアニアに囲まれた飛地にあり、自由に動き回ることが難しくなりました。カリーニングラードとロシア本国の間を移動するためには、リトアニア政府の発給するビザが必要です。ロシアは、カリーニングラードを主要港として期待することができなくなりました。(中略)

 そこで、現代においてもロシアが最後に頼れる海域は日本海です。2014年12月、プーチン大統領はウラジオストクを自由港にするとの計画を発表しました。極東開発は、プーチン政権にとっての生命線となっています。

 さて、エネルギー資源を全面的に輸入に依存する日本にとって、もしかしたら逆転満塁ホームランになるかもしれないのが、メタンハイドレートである。本書には、「2014年度のメタンハイドレート開発促進事業の政府予算は127億円であり、さらに補正予算で20億円が追加されました」という記述があり、個人的にそのあまりの額の小ささに驚いた。一方、こちらの記事によれば、日本はこれまで核燃料サイクルに12兆円つぎ込んできたということであり、つまりメタンハイドレートの年間開発促進費の1,000倍に上る。重点を置く分野を、完全に誤っていると言わざるをえない。



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 先日、蓮見雄さんにご紹介いただいた新刊、福田耕治編著『EUの連帯とリスクガバナンス』(早稲田大学現代政治経済研究所研究叢書、2016年)。目次は以下のとおり。「EU脱退の法的諸問題―Brexitを素材として」という、妙にタイムリーな章もある(笑)。本体3,700+税。

  • EU/欧州諸国の連帯とリスクガバナンス―理念・歴史・理論的枠組み
  • EU/欧州福祉レジームにおける連帯と社会的包摂―「時間銀行」の社会実験を事例として
  • ユーロ危機とヨーロッパ経済の動向
  • 政策レジームと社会的連合―均衡と危機の間のヨーロッパ・日本・アメリカ
  • EU脱退の法的諸問題―Brexitを素材として
  • パリ・ブリュッセルテロ事件に見る西欧先進社会の危機とEU共通テロ政策
  • シェンゲンのリスクとEUの連帯
  • EUの医療保障と連帯―国境を越える患者の権利を事例として
  • 競争政策におけるEUの連帯
  • EUエネルギー政策とウクライナ・ロシア問題
  • EU加盟諸国の合意形成に向けた協調行動



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 塩原俊彦さんから、こんな新著のご紹介をいただきました。『プーチン露大統領とその仲間たち ―私が「KGB」に拉致された背景』(社会評論社)です。



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 廣瀬陽子さんから新刊のご案内をいただいた。『アゼルバイジャン ―文明が交錯する「火の国」』(ユーラシア文庫5、群像社)というもの。内容は以下のとおり。まだアマゾンのページはないようだ。

 東西冷戦の時代もイスラームとキリストの二大宗教圏の対立する現在も常にその最前線に位置するアゼルバイジャン。石油と天然ガスに支えられた経済と伝統的な氏族政治と世襲政権で安定を確保しながらロシアとトルコとイランの間で常に衝突の危機をはらんでいる国の歴史と現状。


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 こんな新刊のご案内をいただいた。小泉悠著『軍事大国ロシア ―新たな世界戦略と行動原理』(作品社、2016年)というものだ。内容は、「復活した“軍事大国”。21世紀世界をいかに変えようとしているのか?「多極世界」におけるハイブリッド戦略、大胆な軍改革、準軍事組織、その機構と実力、世界第2位の軍需産業、軍事技術のハイテク化…話題の軍事評論家による渾身の書下し!」といったもの。464ページもある立派な本だ。

軍事大国ロシア
小泉 悠
作品社
2016-04-21


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 こんな新刊をご恵贈いただいたので、紹介します。村上勇介・帯谷知可(編著)『融解と再創造の世界秩序(相関地域研究2)』(青弓社、2016年)、2,600円+税。冷戦終結後、急激に加速したグローバル化は二十世紀的な秩序を融解させ、アメリカの国際的地位の低下や中国の台頭、中東や東アジアでの緊張の増大など、国家間の関係性は劇的に変容した。諸国家のせめぎ合いによって新たな秩序はどのように立ち上がっているのか。中東、中東欧諸国、ラテンアメリカなどの政治・経済状況から現代世界を読み解く、という内容。章立ては以下のとおり。

プロローグ 覇権大国不在の無秩序な世紀の到来(村上勇介/帯谷知可)
第1部 国家の動態、地域の変容
第1章 ボーダースタディーズからみた世界と秩序――混迷する社会の可視化を求めて(岩下明裕)
第2章 中東の地域秩序の変動――「アラブの春」、シリア「内戦」、そして「イスラーム国」へ(末近浩太)
第3章 動揺するヨーロッパ――中東欧諸国はどこに活路を求めるのか?(仙石 学)
第4章 ラテンアメリカでの地域秩序変動(村上勇介)
第2部 越境のダイナミズム
第5章 「非・国民」――新たな選択肢、あるいはラトヴィアの特殊性について(小森宏美)
第6章 ロック音楽と市民社会、テレビドラマと民主化――社会主義時代のチェコスロバキア(福田 宏)
第7章 社会主義的近代とイスラームが交わるところ――ウズベキスタンのイスラーム・ベール問題からの眺め(帯谷知可)
第8章 資本主義の未来――イスラーム金融からの問いかけ(長岡慎介)
エピローグ 地域から世界を考え、世界から地域を考える――相関地域研究の試み(帯谷知可/村上勇介)



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 先日タイトルだけご紹介した中村逸郎著『シベリア最深紀行 ―知られざる大地への七つの旅』。早速読んでみたので、以下簡単にレビューしてみたい。

 ごく簡単に言ってしまえば、本書は著者がシベリアの辺境を訪ね歩いた記録である。それでは、元々の主たる関心が「ロシア」であったはずの著者が、何ゆえに「シベリア」に魅せられ、その中でも特に辺鄙な土地に引き寄せられたのか。これについて筆者自身は序章の中で、次のように述べている。

 わたしはトボーリスクを包み込むシベリアの大自然と出会って、これまで知っていたロシアと異なる原風景をまえに思う。茫々たる大地は、どのような存在も無力化してしまう。自然の驚異にさらされると、シベリアに乗り出してきたロシア人さえも価値を問いなおされ、存在理由が相対化されるのではないだろうか。

 「ロシアのなかのシベリア」という枠組みでシベリアを理解するには限界があるのではないか。・・・ここで思いきってこの構図を逆立ちさせ、「シベリアのなかのロシア」と考えてみてはどうだろうか。・・・

 ・・・シベリアに入り込んだロシア人はどのような変容をとげ、逆にシベリアの人々はロシア人をいかに受容したのだろうか。従来の「ロシアのなかのシベリア」に対峙する「シベリアのなかのロシア」から見える両者の交じり合いと折り合いのつけかた、ときには相克の実態を描いてみたい。

 私の理解するところ、本書はあくまでもロシア論だと思う。ただ、ロシアを論ずるにあたって、そのメインストリームではなく、地理的な辺境、非ロシア人、非正教徒、正教徒の中でも異端派などにあえてフォーカスすることによって、いわばそこから逆照射するような形でロシアというものの本質を浮かび上がらそうとしているように思える。ロシアのことをこれから知りたいという初学者が、まず本書を手に取ったら戸惑うことになるだろうが、一定以上のロシアの知識のある方が、より深くロシアを理解しようと思ったら、本書から得られるところはきわめて大であろう。

 と、若干お堅いことを申し上げてしまったが、単純に旅行記として読んでも、本書はすこぶる面白い。私もロシア研究者の端くれなので、できることなら80以上あるロシアの地域をすべて訪問してみたいという夢があるが、日本の全都道府県制覇などと違って、実現は至難の業である。中でもシベリアの奥地にあるような諸地域を訪問するのは、まず無理だろうと諦めている。その点、本書におけるヤマロ・ネネツ自治管区、トゥヴァ共和国、ザバイカル地方などの訪問記は貴重なものであり、個人的にまず行く機会がないであろう土地への旅行を疑似体験させてもらった。しかも、私は普段ロシアの地方を訪れる時、州都と、せいぜい州の第2の都市くらいの訪問で済ませてしまうことが多いが、著者は都市というよりも、シベリアの村に分け入っていく。とりわけ、タイガの奥地に潜む古儀式派の村を訪問するくだりには、鬼気迫るものがあった。

 古儀式派のくだりを含め、本書の中でとりわけ白眉と言えるのが、トゥヴァ共和国訪問の記録だろう。驚くようなエピソードのてんこ盛りであり、本当に逆立ちして世界を見たような変な気分になる。実はこの最貧共和国の幸福度がロシアで一番高いというのにも驚いたが、我々経済関係者が注目しているトゥヴァの鉄道建設に関しては、地元民は必ずしも歓迎していないようだ。トゥヴァ共和国の医療施設には常勤のシャーマンがいるそうで、医療行為に加えて祈祷や生活相談も施されているというから、驚きだ。ただ、著者が実際にシャーマンの治療を受けてみたところ、何とも人間臭いやり取りも。トゥヴァではシャーマニズムと仏教が奇妙な形で共存しているそうで、ロシア人が推し進めるロシア正教とも相まって、一筋縄では行かない宗教模様となっている。

 複数の宗教が奇妙に共存しているのは、ザバイカル地方も同じであり、チタはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教が隣り合わせに共存していることから「第2のエルサレム」とも称されているのだそうだ。ところが、ここにはチベット仏教も根を張っており、実はロシア正教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒が自らにとっての「二つ目の宗教」として仏教を受け入れるケースが多いのだそうだ。大学生が選択する「第二外国語」というのは聞いたことがあるが、「第二宗教」などというのは、個人的にも初耳だ。

 私自身は、一番好きな場所がヨドバシカメラ・マルチメディアAKIBAだという、現代文明にどっぷり浸かった人間だ。本書の著者のようにシベリアの道なき道を進んだりするのは無理だし、人見知りということもあり、シベリアの奥地の民と同じ目線で対話をしたりすることはできない。本当に、本書によって得がたい疑似体験をさせてもらったと思っている。



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 どういうわけか、当ブログではこのところ新刊の紹介が続いている。3月はこの種の書籍が集中的に出る時期なのだろうか?

 このほど、ご恵贈いただいたのは、杉本侃(編)『北東アジアのエネルギー安全保障 ―東を目指すロシアと日本の将来』(ERINA北東アジア研究叢書5、2016年)。300ページあまりで、5,400円+税。まだ本日届いたばかりで、詳しくはこれからじっくり吟味させていただこうと思う。



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 こういう新刊のご紹介をいただいた。岡部芳彦著『マイダン革命はなぜ起こったか ―ロシアとEUのはざまで』(ウクライナ・ブックレット3、ドニエプル出版、2016年)。正直申し上げると、ドニエプル出版というのも、ウクライナ・ブックレットというのも初めて聞いたが、日本ウクライナ文化交流協会というところが企画・編集に当たって、ウクライナについてのブックレットをシリーズ化していくようだ。分量は64ページで、価格は500円+税。ドニエプル出版のサイトでも注文できるようだし、もう少しすればAmazonでも買えるだろう。


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 これも新刊のご紹介。中村逸郎著『シベリア最深紀行 ―知られざる大地への七つの旅』(岩波書店、2016年)。「シベリアの底知れぬエネルギーを抱えてこそロシアは成り立つ。今も活躍するシャーマンたち、極北のトナカイ遊牧民、各地に広がるイスラム教徒や仏教徒と各宗教の寺院をはしごする住民たち、密林に住む自給自足の旧教徒やドイツ系移民たち。シベリア最深部の秘境に暮らす多様で自由かつ強靭な人びとを訪ね歩いた政治学者の稀有な記録」という内容。これから読みます。



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 こんな新刊のご紹介をいただきました。安達祐子著『現代ロシア経済 ―資源・国家・企業統治』(名古屋大学出版会、2016年)。「ソ連解体からエリツィンを経てプーチン体制へ、未曾有の経済危機から新興国へと成長したロシア経済を、資源のみならず、独自のガバナンスの重要性に着目して包括的に叙述、移行経済におけるインフォーマルな国家・企業間関係の決定的意味を捉え、ロシア型資本主義の特質に迫る」といった内容。

現代ロシア経済―資源・国家・企業統治―
安達 祐子
名古屋大学出版会
2016-02-08


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 明石書店のエリアスタディーズのシリーズから昨年発行された『カザフスタンを知るための60章』。個人的に特に印象に残った箇所について、簡単にコメントさせていただきたい。

 本書を読んで、遅れ馳せながら認識するに至ったのは、現在あるカザフスタンという国の原型と言えるのが、15世紀後半に成立したカザフ・ハン国であるという点だった。面白かったのは、野田仁「第15章 カザフ・ハン国と中国・清朝」の中で、当時のカザフは清朝に朝貢する一方、ロシア帝国に対しても臣従を誓っており、「むしろ両者の間でバランスを取る双方向的な外交を展開しようとしていたと見ることができよう」と指摘されていたことである。それって、現代とまったく同じじゃんと(笑)、妙に得心してしまった。

 地田徹朗「第20章 カザフ共和国における民族と政治」は、個人的にもとりわけ関心の強い分野であり、掲載されている「カザフスタン共産党政治エリート一覧(1920~1991)」も大変に有用な資料である。これを見て改めて気付いたのだが、かのレオニード・ブレジネフは、1955~56年にカザフ第一書記を務めたのか。後年のクナエフ第一書記の体制も、ブレジネフの治世と表裏の関係にあったわけで。ブレジネフって、ウクライナに生まれたロシア人で、カザフで処女地開拓して、書記長に上り詰めて偉大なる安定と停滞の時代を作り上げてと、考えてみればソ連体制そのものみたいな人で、翻ってそれがカザフスタンというものも作っていったんだろうなと、そんなことを感じた。また、この第20章で指摘されている、カザフのナショナリズムが必ずしもロシア人との敵対に結び付かず、むしろ小民族への迫害として表れたというくだりも、興味深かった。

 野部公一「第22章 遊牧地域からソ連の食料基地へ」は、当地におけるスターリン時代の農業集団化の悲劇について伝えている。これによると、カザフ人が集団化に家畜屠殺などで対抗した結果、カザフでは大飢饉がもたらされ、「一説によれば、集団化による(ソ連全体の)飢饉の犠牲者は220万人にものぼり、このうちカザフ人は145~175万人にも達したと見られている」という。先日エッセイに書いたように、現ウクライナ政府および国民は、1932~33年のソ連の飢饉はウクライナで集中的に発生し、これはスターリン体制によるウクライナ民族の意図的なジェノサイドであったとの解釈を示しているわけだが、それとの整合性の問題が浮上するとともに、なぜカザフにおいては大飢饉の歴史が反ロシア・ナショナリズムに直結していない(?)のかという点にも興味が湧いた。同じく野部公一による「第47章 『新興小麦輸出国』の憂鬱」は、現代の農業事情を論じている。小麦の販路拡大に苦心しているカザフが、小麦粉輸出に活路を見出し、本稿によれば、2007年以降世界最大の小麦輸出国となっているとのことである。

 湯浅剛「第23章 ソ連崩壊とカザフスタンの独立」は、私などは普段ロシア・ウクライナ・ベラルーシの視点から考えているテーマを、中央アジアおよびカザフスタンの観点から整理しており、興味深く読んだ。なお、この中で、カザフスタンが独立宣言を行ったのは1991年12月16日で、「ソ連構成国では最後であった」との記述がある。本件について私の立場から申し上げれば、ベラルーシでは最後まで「独立宣言」は採択されなかったというのが、私の認識である。ベラルーシでは、「国家主権宣言」が採択され、後日これに「憲法的ステータス」を与える決議が採択されたにすぎない。確かに、一般的にこれをもってベラルーシも独立宣言を採択したと解釈されることが少なくないが、私の見るところ明らかに後付けの解釈であり、ベラルーシは独立宣言を採択することなくソ連崩壊を迎えて不可抗力的に独立してしまったというのが、真相に近いと考えている。

 「第27章 父系出自と親族関係」をはじめとするカザフ社会に関する藤本透子の一連の論考は、個人的に知らないことばかりで、非常に新鮮であった。もしもエリアスタディーズのシリーズでウクライナやベラルーシを取り上げたとしても、社会や家族の問題でこういうエキゾチックな話題はないので、このような章はまず成り立たないだろう。

 私はサッカーファンなので、アルマン・マメトジャノフ「第40章 スポーツ事情」には、若干注文がある。サッカーに関し「カザフスタンは初めアジアリーグに所属したが、現在はヨーロッパリーグに所属し、イギリスやドイツと対戦している」とあるが、まず「リーグ」ではなく「連盟」とすべきであろう。また、サッカーの世界にイギリスという主体はなく、存在するのはイングランドはじめ4協会である。個人的には、かつてカザフがAFCに在籍していた当時、サッカー日本代表がカザフ代表とワールドカップ出場をかけた予選で激突し、その試合の結果を受けて日本代表監督が解任されたという史実には、ぜひとも言及してほしかった。この試合でカザフスタンという国の存在を認知した日本人も多かったのだから。「大陸ホッケーリーグ」という訳語もあまり一般的ではなく、「コンチネンタル」と訳してほしかった気がする。それから、カザフスタンのサッカーでは民族的なロシア人の活躍が目立つ印象があり、そのあたりの事情への論及もあったら、なお良かったように思う。

 岡奈津子「第52章 在外カザフ人のカザフスタンへの移住」も、大変に示唆に満ちた考察である。特に、外国からカザフスタンに移住してきたカザフ人の方が、ソ連時代にロシア化が進んだ現地カザフ人よりも、往々にして民族言語・伝統を保持しており、それにより逆説的な形でカルチャーギャップが生じているとの指摘には、驚かされた。

 宇山智彦「第60章 日本のカザフスタン外交」は、カザフ独立直後に現地の大使館に専門調査員として赴任した著者による論考であるだけに、ウズベキスタンやクルグズスタンと比べて日・カ関係が当初停滞した内情などが非常に良く分かる内容となっており、「なるほど、そういうことだったのか」と認識を新たにさせられる点が多々あった。

 ただ、本書刊行後に、安倍首相が中央アジア歴訪の一環としてカザフを訪問しており、現時点では二国間関係拡大に向けた機運が大いに高まっているところである。そうした折でもあるので、ユーラシアの最重要国の一つとして浮上するカザフスタンを理解するための必携の書として、本書をぜひお薦めしたい。



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 もう10年ほど前に出た本だけど、明石書店の「エリアスタディーズ」の一環である『コーカサスを知るための60章』。今般、用事があって、改めて通読したので、特に印象に残った点だけメモしておく。

 まず、コーカサスは基本的に、南コーカサスに位置するアゼルバイジャン、アルメニア、ジョージアという3つの独立国家と、ロシアの一部である北コーカサスから成る。しかし、民族の数となると数十に及び、言語や宗教と相まって、狭いエリアに複雑なモザイクを織り成している。したがって、本書『コーカサスを知るための60章』も、大半がその複雑な民族・言語・宗教・文化・歴史模様を描くことに費やされており、国民国家単位であることが多い本エリアスタディーズのシリーズにあって、異色の巻となっている。

 久保友彦「第2章 栽培植物起源地としてのコーカサス」は、個人的にまったく門外漢な分野であるだけに、とりわけ興味深い。小麦、リンゴ、ブドウといった人類にとってきわめて有用な作物が、コーカサス起源であるというのは、知っておいて損はないだろう。

 前田弘毅「第10章 神話世界の中のコーカサス」は、非常に示唆に富んでいる。その末尾にある一節が、特に強く印象に残った。「こうして考古学など民族の神聖な過去を探求する歴史学はまさに『エリート』の学問となり、政治的な影響を強く受けるような構造が定着してしまう。ソ連が崩壊し、歯止めを失ったコーカサスの民族主義のリーダーとなった人物に歴史学者が多いのは偶然ではない。豊潤な古代史と彷徨する民族の歴史は、そのまま現代の不毛な民族間戦争につながってしまっている。」

 森田稔による「第41章 山々にこだまする男声合唱の響き」、「第48章 西洋との接触から生まれたコーカサスの国民音楽」は、見事としか言いようのない論考である。同様に、松田奈穂子「第49章 舞台舞踊としての表象」、「第57章 兄弟の歌」にも教えられるところが大きく、とりわけモイセーエフ舞踏団についてのくだりはとても勉強になった。

 家森幸男「第51章 コーカサスの長寿食文化」は、民族料理の話なのだが、それをグルメ情報的な切り口にするのではなく、医学者による栄養学的な観点の議論として取り上げている点が、なかなか斬新であり、コーカサスならではだなと感じた。もちろん、これはこれで重要な論考だが、ただ一般の読者からすると、もうちょっと代表的な料理とか、もっと言えば当世レストラン事情なども別途あったら有難かっただろう。

 というわけで、知り合いの研究者が書いた現代事情などに関する章よりも、やはり自分の知らない分野の章の方が、新鮮な発見が多かった。グルジアがジョージアに変わったことだし、そろそろ改訂版でも、どうですか。



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 このほど読了した本。野口悠紀雄著『「超」情報革命が日本経済再生の切り札になる』である。私は野口先生の信者で、出た本はほとんど全部読んでいる。なので、本書を読み、同意できる点が多い反面、「以前も読んだな」という話が多かった。「『超』情報革命」というのは、単にITの飛躍的な発展のことだし。安倍内閣の「新3本の矢」や、TPPについての評価は、新しい話題だが。

 野口先生は、近年の著作で、製造業亡国論を執拗に主張しておられる。

 「要素価格均等化定理」が予測するように、日本の産業構造が中国と同じなら、賃金はいずれ中国並みに低下する。 ここで「要素価格均等化定理」とは、「異なる国の生産技術が同じであれば、その技術を用いて生産された製品が自由貿易されることによって、貿易できない土地や労働などの生産要素の価格も国際的に均等化する」という定理である。

 そして、超情報革命が進んだからこそアメリカ経済が目覚ましい成長を遂げつつあり、日本は円安誘導で製造業を守ることに固執して、それにより中国と同じ土俵に自ら乗っかってしまっていて、だから賃金水準は中国と同一化していき、消費が伸びず経済が成長しないと、そのような図式を描いている。パナソニックは、アップルのようなやり方でやらないから、企業価値が高まらないのだ、と。

 私自身は、野口先生のご指摘は、分析としては正しいかもしれないが、ではパナソニックが本当にアップルのようになる可能性があるのか、日本がアメリカのようになれるのかというと、心許ない気がする。野口先生ご自身、本気で日本のアメリカ化を主張しているのか、それとも日本のアメリカ化は理論上の可能性にすぎず、「彼我はこれだけ違うから駄目なのだ」という諦念を表明しているのか、本書を読んでいて、良く分からなくなってきた。それに、アメリカ型経済に付き物の貧富の格差の拡大や、アップルやグーグルのような企業が雇用や納税でどれだけ貢献できているのかという疑問もある。



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 行きの飛行機の中で読んだ雑誌。『週刊エコノミスト』の特集「世界経済危機の予兆:暴れる通貨:米独り勝ち経済とドル高の行方」。この特集の冒頭に、「2015~16年に自国通貨が市場最安値を更新した国・地域」という図解が出ているのだけれど、それを見ると、私の所属団体の事業対象国は、すべて該当することが分かって、思わず苦笑いした(唯一の例外はアルメニアのようだ)。ただ、確かにロシア・NIS諸国を含む新興国の通貨下落は著しいが、本特集の議論は名目レートに偏りすぎている印象を受けた。ロシアについての記事でも、実は2015年のルーブルの実質実効為替レートはルーブル高でしたなんて情報が盛り込まれていたら、さらに良かったかもしれない。

 とにかく、目先の通貨の乱高下が激しく、それゆえにこういう雑誌の特集も組まれるわけだが、FXトレードに手を出しているような人は別として、普通の市民が短期的な円高だの円安だのといったことを予見できるはずもなく、そんなことで右往左往しても仕方がないだろう。そういう観点から言うと、この特集で個人的に一番ためになったのは、市川雅浩さんという人の書いた「購買力平価で見るドル・円」というコラムだった。為替レートが長期的には購買力平価の水準に収斂していくというのは良く知られているわけだが、その際に購買力平価にも企業物価ベース、消費者物価ベース、輸出物価ベースとあり、それらは微妙に乖離している。本コラムによれば、実勢レートは、3つの中で最も円安の消費者物価ベース寄りで推移すると予想されるということであり、ドル・円は長期的には110~127円の幅で動いていく可能性が高いとされている。なるほど、これは勉強になった。



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youbi

 あまり意識したことがなかったけど、こちらのサイトに見るとおり、ビジネス系の週刊誌の発売日というのは、月曜日に集中しているのか。ここには出ていないけど、日経ビジネスもそうだし、AERAなんかも月曜日のようだ。サラリーマンが働き始める月曜日に発売して、1週間かけて売っていくという方式なんだろうな。月曜日発売ということは、週末にサプライズ的なことをされると、もう校了していて、その話題を誌面に盛り込むのは無理だろう。なので、今、世に出回っているビジネス週刊誌には、金曜日午後に発表されたマイナス金利導入は大きく取り上げられていないみたい。まあ今回は偶然そういうタイミングの発表になったのだとは思うが(当局としては効果を上げるためにマスコミにも大きく取り上げてほしいだろうし)。


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 これはなかなかためになる本を読んだ。津上俊哉著『巨龍の苦闘 中国、GDP世界一位の幻想』である。最初にいやらしい話をさせていただくと、この本、紙バージョンでは864円で、それでも内容からすれば充分安いと思うが、現時点ではKindle版で何と259円になってる。ありがたや。角川新書って、出てからしばらく経つと、Kindle版は急に安くなるみたいだ。

 最近、大型書店の海外事情や経済コーナーに行くと、中国がもうすぐ崩壊すると断言するような書籍が多いけれど、この津上氏の本は、新書と侮ることなから、非常に冷静な内容になっている。

 東アジアの国際情勢について言うと、この六年間、世界中が信じた「中国の高成長は長く続き、早晩GDPで世界一になる」という幻想によって、安全保障環境が大きく攪乱されてしまった、というのが私の年来の主張です。

 中国はそこで生まれた「栄華」の陶酔感に浸って、傲慢で強硬な対外姿勢を取ったし、日本でもそのせいで生まれた極端な恐中・反中心理が国中を覆いました。この二つの現象は、一つの幻想が生んだ双子のようなものです。時間はかかると思いますが、日中双方とも幻想に踊らされる状態から早く脱却して、東アジアを正常な状態に戻すことが双方の利益に適うはずです。

 と、前書きに書かれているとおり、どちらの極論にも与さない、非常にバランスのとれた中国論が披露されており、個人的にも大変勉強になった。習近平政権の課題、一帯一路(新シルクロード)とアジアインフラ投資銀行の内実、「反日」の真実など、教えられることばかりだった。



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 個人的に、読書量は元々少ないタイプだけれど、2015年はほとんど、金融・投資の本と、中国の本しか読まなかったなあ。ロシア研究者なのに、ロシア圏についての単行本は、下斗米先生の新著しか読まなかったような。

 で、これも金融・投資ものの一環なのだけど、このほど桐谷新也著『日本国債暴落― 「確実に起きる危機」のストーリー』を読了した。正直に白状すれば、書店の店頭でタイトルと表紙だけ見て、「お、これは面白そうだ」と思って購入したのだが、いざ読み始めると、当てが外れていた。経済分析、またはノンフィクションを期待していたのだけれど、蓋を開けてみたら、本書は経済小説だったのだ(良く見たら帯にも「ノベル」って書いてあるし)。まあ、せっかく買ったんで、読んでみた次第。

 もっとも、本書は小説でありながら、主人公とそのパートナー女性との問答などを通じて、国債の基本を学べるように配慮されている。本書で示されているアベノミクスの効果、それが日本経済を大きなリスクにさらしていることなどに関しては、個人的にも同意できる。しかし、物語が終盤に差し掛かるに連れ、話が主人公の心情的な部分ばかりにフォーカスしてしまい、起こりうる経済事象のスケールが描き切れていない。まあ、途中までは、それなりに興味深くは読んだが、小説としても経済シミュレーションとしても中途半端な印象は否めない。



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