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 そう言えば月曜日なので、週替わり紋章の、ちょっと番外編を。

 今回、ヴォロネジを振り出しに中央黒土地帯を周る現地調査を実施しており、リペツクを経てタンボフまで来たところである。それで実感したのが、リペツクとタンボフの位置付けが真逆のようだなということである。タンボフはまだ昨日街の中を軽く散策した程度だが、それでもリペツクとの違いを実感した。リペツクは、20世紀に工業都市として発展し、今日も経済特区を抱え成長に余念がないが、元々街の「格」自体は低く、ゆえに今日街の中を歩いてもまったく面白味はない。それに対し、タンボフは今日でこそ影が薄く、ロシア人に訊いても「タンボフ、何もないで」といった反応だが、元々は帝政ロシア時代以来、タンボフ県の県都として地域の中心だった。

 前置きが長くなったが、昨日博物館で見た上掲の展示は、それを象徴するものである。以前「日めくり紋章」でも取り上げたとおり、タンボフの紋章と言えばミツバチが特徴である。養蜂箱の上に3匹のミツバチが舞うという図柄は、18世紀から続いている大変歴史のあるものだ(ロシアの都市の紋章の中でも、最も古いものの一つという)。かつて、この地では養蜂業が盛んで、そのハチミツは全ロシアに知れ渡っていたという。そして、上掲写真に見るとおり(ちょっと見づらいか)、かつてのタンボフ県内の各都市も、ほぼ例外なく、そのミツバチ印を取り入れていたのである。その中には、リペツクの紋章もある(一番左下)。リペツクという地名はリンデンの木(ロシア語でリパ)に由来し、今日でもリンデンの木をデザインした市章を用いているのだけれど、元々はこのようにその上にミツバチが描かれ、タンボフへの従属を象徴していたんだなあ。まあ、こんなことで感動する人間は私くらいかもしれないが(笑)。


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