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 ロシアで発生した反体制デモにつき、アレクサンドル・イヴァフニク氏によるこちらの論評の中から、興味深い箇所のみ大意を紹介する。

 3月26日の反体制デモは、2011~2012年の誠実な選挙を求めるデモとは、本質的な違いがあった。前回は、極左から民族主義者までの多様な政治勢力がデモの開催に尽力し、各指導者が登壇して具体的な政治的要求を打ち出した。それに対し今回は、「政権がメドヴェージェフ首相の汚職疑惑に沈黙していることに抗議の声を上げよう」というナヴァリヌィの呼びかけに呼応して、100近いロシアの都市で同時に抗議デモが発生した(うち当局の許可があったのは21だけ)。26日のデモで諸政党の関与は確認されておらず、多くの現場では登壇のためのステージも用意されなかった。唯一の組織者は、現在急速に構築されているナヴァリヌィの地方ネットワークであった。ただ、意識の高い市民の間でナヴァリヌィの権威と人気は大きいものの、重要なのはむしろ、ナヴァリヌィは単に引き金を引いただけだと思われることである。つまり、人々はナヴァリヌィを支持するために街頭に繰り出しているわけではなく、彼らは現政権の(具体的な事柄というよりも)振る舞い全般に不満が鬱積しており、それを表現するためにデモに参加しているのである。

 こうしたことから、無許可の集会であるにもかかわらず、モスクワには少なくとも1.5万人が、サンクトペテルブルグでも1万人が集まり、ロシア全土に予想外の広がりを見せた。「クリミア・コンセンサス」はいまだに世論に残存しているが、その役割はどんどん小さくなっている。そうした中で、ナヴァリヌィが絶妙な形で汚職の問題を取り上げ、デモ参加者たちの意識の中ではその点が結束要因となった。エリートたちは自分たちとはまったく異なる生活様式を送る人々だと捉えられ、その象徴であるメドヴェージェフが珍しく抗議運動の個人的な標的になった。

 今回のデモの特徴は、地方都市への広がりに加えて、年齢構成である。前回の2011~2012年は、クリエイティブクラス、30~40歳の人々、伝統的な民主派インテリ、中高年層など、多彩であった。それに対し今回は、学生が圧倒的に多く、高学年学童も見られる。もしもデモが許可を得ることができたら、より多彩な年齢構成になったかもしれないが、無許可となったことで、守るべきものがある大人たちは参加を回避した。それに対し、若者は向こう見ずで、ロシア伝統の年長者や権威の尊重といったものがなく、テレビ以外の情報源を利用している。ナヴァリヌィの汚職告発動画が最も刺さったのが、そうした社会層だった。むろん、今回の動画で彼らが開眼したというわけではなく、進んだ若者は以前から、過去ばかり見ている国、能力ではなくお上への忠誠やコネで社会的上昇が決まってしまうような国には将来性がないことを分かっていた。彼らの中に「我々と彼ら」という二分法が形成され、もはやメドヴェージェフやプーチン個人云々というよりも、国の発展ではなく自己保存にしか向いていない統治システムそのものを問題視するようになったのである。

 今後政権側は、広域的なデモを許さず、それが試みられた際には最初から弾圧をするかもしれない。インターネット、ソーシャルメディアの自由なやり取りを制限することも充分考えられるし、学校での教育的指導もあるだろう。しかし、閉鎖性と汚職が現体制の基本的な特徴である以上、政権が譲歩できる余地は乏しい。今後デモが広がりを見せるかどうかは不透明である。現在のところ怒れる若者たちには組織も、しかるべき地方リーダーも、具体的要求もなく、いかにナヴァリヌィが精力的でも、安定的な抗議運動を形成するのには不充分だろう。いずれにしても、様々な形で不満を表明する土壌は出来上がり、このことは大統領選や汚職追及に影響を及ぼしていくだろう。


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