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 先日タイトルだけご紹介した中村逸郎著『シベリア最深紀行 ―知られざる大地への七つの旅』。早速読んでみたので、以下簡単にレビューしてみたい。

 ごく簡単に言ってしまえば、本書は著者がシベリアの辺境を訪ね歩いた記録である。それでは、元々の主たる関心が「ロシア」であったはずの著者が、何ゆえに「シベリア」に魅せられ、その中でも特に辺鄙な土地に引き寄せられたのか。これについて筆者自身は序章の中で、次のように述べている。

 わたしはトボーリスクを包み込むシベリアの大自然と出会って、これまで知っていたロシアと異なる原風景をまえに思う。茫々たる大地は、どのような存在も無力化してしまう。自然の驚異にさらされると、シベリアに乗り出してきたロシア人さえも価値を問いなおされ、存在理由が相対化されるのではないだろうか。

 「ロシアのなかのシベリア」という枠組みでシベリアを理解するには限界があるのではないか。・・・ここで思いきってこの構図を逆立ちさせ、「シベリアのなかのロシア」と考えてみてはどうだろうか。・・・

 ・・・シベリアに入り込んだロシア人はどのような変容をとげ、逆にシベリアの人々はロシア人をいかに受容したのだろうか。従来の「ロシアのなかのシベリア」に対峙する「シベリアのなかのロシア」から見える両者の交じり合いと折り合いのつけかた、ときには相克の実態を描いてみたい。

 私の理解するところ、本書はあくまでもロシア論だと思う。ただ、ロシアを論ずるにあたって、そのメインストリームではなく、地理的な辺境、非ロシア人、非正教徒、正教徒の中でも異端派などにあえてフォーカスすることによって、いわばそこから逆照射するような形でロシアというものの本質を浮かび上がらそうとしているように思える。ロシアのことをこれから知りたいという初学者が、まず本書を手に取ったら戸惑うことになるだろうが、一定以上のロシアの知識のある方が、より深くロシアを理解しようと思ったら、本書から得られるところはきわめて大であろう。

 と、若干お堅いことを申し上げてしまったが、単純に旅行記として読んでも、本書はすこぶる面白い。私もロシア研究者の端くれなので、できることなら80以上あるロシアの地域をすべて訪問してみたいという夢があるが、日本の全都道府県制覇などと違って、実現は至難の業である。中でもシベリアの奥地にあるような諸地域を訪問するのは、まず無理だろうと諦めている。その点、本書におけるヤマロ・ネネツ自治管区、トゥヴァ共和国、ザバイカル地方などの訪問記は貴重なものであり、個人的にまず行く機会がないであろう土地への旅行を疑似体験させてもらった。しかも、私は普段ロシアの地方を訪れる時、州都と、せいぜい州の第2の都市くらいの訪問で済ませてしまうことが多いが、著者は都市というよりも、シベリアの村に分け入っていく。とりわけ、タイガの奥地に潜む古儀式派の村を訪問するくだりには、鬼気迫るものがあった。

 古儀式派のくだりを含め、本書の中でとりわけ白眉と言えるのが、トゥヴァ共和国訪問の記録だろう。驚くようなエピソードのてんこ盛りであり、本当に逆立ちして世界を見たような変な気分になる。実はこの最貧共和国の幸福度がロシアで一番高いというのにも驚いたが、我々経済関係者が注目しているトゥヴァの鉄道建設に関しては、地元民は必ずしも歓迎していないようだ。トゥヴァ共和国の医療施設には常勤のシャーマンがいるそうで、医療行為に加えて祈祷や生活相談も施されているというから、驚きだ。ただ、著者が実際にシャーマンの治療を受けてみたところ、何とも人間臭いやり取りも。トゥヴァではシャーマニズムと仏教が奇妙な形で共存しているそうで、ロシア人が推し進めるロシア正教とも相まって、一筋縄では行かない宗教模様となっている。

 複数の宗教が奇妙に共存しているのは、ザバイカル地方も同じであり、チタはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教が隣り合わせに共存していることから「第2のエルサレム」とも称されているのだそうだ。ところが、ここにはチベット仏教も根を張っており、実はロシア正教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒が自らにとっての「二つ目の宗教」として仏教を受け入れるケースが多いのだそうだ。大学生が選択する「第二外国語」というのは聞いたことがあるが、「第二宗教」などというのは、個人的にも初耳だ。

 私自身は、一番好きな場所がヨドバシカメラ・マルチメディアAKIBAだという、現代文明にどっぷり浸かった人間だ。本書の著者のようにシベリアの道なき道を進んだりするのは無理だし、人見知りということもあり、シベリアの奥地の民と同じ目線で対話をしたりすることはできない。本当に、本書によって得がたい疑似体験をさせてもらったと思っている。



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