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 明石書店のエリアスタディーズのシリーズから昨年発行された『カザフスタンを知るための60章』。個人的に特に印象に残った箇所について、簡単にコメントさせていただきたい。

 本書を読んで、遅れ馳せながら認識するに至ったのは、現在あるカザフスタンという国の原型と言えるのが、15世紀後半に成立したカザフ・ハン国であるという点だった。面白かったのは、野田仁「第15章 カザフ・ハン国と中国・清朝」の中で、当時のカザフは清朝に朝貢する一方、ロシア帝国に対しても臣従を誓っており、「むしろ両者の間でバランスを取る双方向的な外交を展開しようとしていたと見ることができよう」と指摘されていたことである。それって、現代とまったく同じじゃんと(笑)、妙に得心してしまった。

 地田徹朗「第20章 カザフ共和国における民族と政治」は、個人的にもとりわけ関心の強い分野であり、掲載されている「カザフスタン共産党政治エリート一覧(1920~1991)」も大変に有用な資料である。これを見て改めて気付いたのだが、かのレオニード・ブレジネフは、1955~56年にカザフ第一書記を務めたのか。後年のクナエフ第一書記の体制も、ブレジネフの治世と表裏の関係にあったわけで。ブレジネフって、ウクライナに生まれたロシア人で、カザフで処女地開拓して、書記長に上り詰めて偉大なる安定と停滞の時代を作り上げてと、考えてみればソ連体制そのものみたいな人で、翻ってそれがカザフスタンというものも作っていったんだろうなと、そんなことを感じた。また、この第20章で指摘されている、カザフのナショナリズムが必ずしもロシア人との敵対に結び付かず、むしろ小民族への迫害として表れたというくだりも、興味深かった。

 野部公一「第22章 遊牧地域からソ連の食料基地へ」は、当地におけるスターリン時代の農業集団化の悲劇について伝えている。これによると、カザフ人が集団化に家畜屠殺などで対抗した結果、カザフでは大飢饉がもたらされ、「一説によれば、集団化による(ソ連全体の)飢饉の犠牲者は220万人にものぼり、このうちカザフ人は145~175万人にも達したと見られている」という。先日エッセイに書いたように、現ウクライナ政府および国民は、1932~33年のソ連の飢饉はウクライナで集中的に発生し、これはスターリン体制によるウクライナ民族の意図的なジェノサイドであったとの解釈を示しているわけだが、それとの整合性の問題が浮上するとともに、なぜカザフにおいては大飢饉の歴史が反ロシア・ナショナリズムに直結していない(?)のかという点にも興味が湧いた。同じく野部公一による「第47章 『新興小麦輸出国』の憂鬱」は、現代の農業事情を論じている。小麦の販路拡大に苦心しているカザフが、小麦粉輸出に活路を見出し、本稿によれば、2007年以降世界最大の小麦輸出国となっているとのことである。

 湯浅剛「第23章 ソ連崩壊とカザフスタンの独立」は、私などは普段ロシア・ウクライナ・ベラルーシの視点から考えているテーマを、中央アジアおよびカザフスタンの観点から整理しており、興味深く読んだ。なお、この中で、カザフスタンが独立宣言を行ったのは1991年12月16日で、「ソ連構成国では最後であった」との記述がある。本件について私の立場から申し上げれば、ベラルーシでは最後まで「独立宣言」は採択されなかったというのが、私の認識である。ベラルーシでは、「国家主権宣言」が採択され、後日これに「憲法的ステータス」を与える決議が採択されたにすぎない。確かに、一般的にこれをもってベラルーシも独立宣言を採択したと解釈されることが少なくないが、私の見るところ明らかに後付けの解釈であり、ベラルーシは独立宣言を採択することなくソ連崩壊を迎えて不可抗力的に独立してしまったというのが、真相に近いと考えている。

 「第27章 父系出自と親族関係」をはじめとするカザフ社会に関する藤本透子の一連の論考は、個人的に知らないことばかりで、非常に新鮮であった。もしもエリアスタディーズのシリーズでウクライナやベラルーシを取り上げたとしても、社会や家族の問題でこういうエキゾチックな話題はないので、このような章はまず成り立たないだろう。

 私はサッカーファンなので、アルマン・マメトジャノフ「第40章 スポーツ事情」には、若干注文がある。サッカーに関し「カザフスタンは初めアジアリーグに所属したが、現在はヨーロッパリーグに所属し、イギリスやドイツと対戦している」とあるが、まず「リーグ」ではなく「連盟」とすべきであろう。また、サッカーの世界にイギリスという主体はなく、存在するのはイングランドはじめ4協会である。個人的には、かつてカザフがAFCに在籍していた当時、サッカー日本代表がカザフ代表とワールドカップ出場をかけた予選で激突し、その試合の結果を受けて日本代表監督が解任されたという史実には、ぜひとも言及してほしかった。この試合でカザフスタンという国の存在を認知した日本人も多かったのだから。「大陸ホッケーリーグ」という訳語もあまり一般的ではなく、「コンチネンタル」と訳してほしかった気がする。それから、カザフスタンのサッカーでは民族的なロシア人の活躍が目立つ印象があり、そのあたりの事情への論及もあったら、なお良かったように思う。

 岡奈津子「第52章 在外カザフ人のカザフスタンへの移住」も、大変に示唆に満ちた考察である。特に、外国からカザフスタンに移住してきたカザフ人の方が、ソ連時代にロシア化が進んだ現地カザフ人よりも、往々にして民族言語・伝統を保持しており、それにより逆説的な形でカルチャーギャップが生じているとの指摘には、驚かされた。

 宇山智彦「第60章 日本のカザフスタン外交」は、カザフ独立直後に現地の大使館に専門調査員として赴任した著者による論考であるだけに、ウズベキスタンやクルグズスタンと比べて日・カ関係が当初停滞した内情などが非常に良く分かる内容となっており、「なるほど、そういうことだったのか」と認識を新たにさせられる点が多々あった。

 ただ、本書刊行後に、安倍首相が中央アジア歴訪の一環としてカザフを訪問しており、現時点では二国間関係拡大に向けた機運が大いに高まっているところである。そうした折でもあるので、ユーラシアの最重要国の一つとして浮上するカザフスタンを理解するための必携の書として、本書をぜひお薦めしたい。



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