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 もう10年ほど前に出た本だけど、明石書店の「エリアスタディーズ」の一環である『コーカサスを知るための60章』。今般、用事があって、改めて通読したので、特に印象に残った点だけメモしておく。

 まず、コーカサスは基本的に、南コーカサスに位置するアゼルバイジャン、アルメニア、ジョージアという3つの独立国家と、ロシアの一部である北コーカサスから成る。しかし、民族の数となると数十に及び、言語や宗教と相まって、狭いエリアに複雑なモザイクを織り成している。したがって、本書『コーカサスを知るための60章』も、大半がその複雑な民族・言語・宗教・文化・歴史模様を描くことに費やされており、国民国家単位であることが多い本エリアスタディーズのシリーズにあって、異色の巻となっている。

 久保友彦「第2章 栽培植物起源地としてのコーカサス」は、個人的にまったく門外漢な分野であるだけに、とりわけ興味深い。小麦、リンゴ、ブドウといった人類にとってきわめて有用な作物が、コーカサス起源であるというのは、知っておいて損はないだろう。

 前田弘毅「第10章 神話世界の中のコーカサス」は、非常に示唆に富んでいる。その末尾にある一節が、特に強く印象に残った。「こうして考古学など民族の神聖な過去を探求する歴史学はまさに『エリート』の学問となり、政治的な影響を強く受けるような構造が定着してしまう。ソ連が崩壊し、歯止めを失ったコーカサスの民族主義のリーダーとなった人物に歴史学者が多いのは偶然ではない。豊潤な古代史と彷徨する民族の歴史は、そのまま現代の不毛な民族間戦争につながってしまっている。」

 森田稔による「第41章 山々にこだまする男声合唱の響き」、「第48章 西洋との接触から生まれたコーカサスの国民音楽」は、見事としか言いようのない論考である。同様に、松田奈穂子「第49章 舞台舞踊としての表象」、「第57章 兄弟の歌」にも教えられるところが大きく、とりわけモイセーエフ舞踏団についてのくだりはとても勉強になった。

 家森幸男「第51章 コーカサスの長寿食文化」は、民族料理の話なのだが、それをグルメ情報的な切り口にするのではなく、医学者による栄養学的な観点の議論として取り上げている点が、なかなか斬新であり、コーカサスならではだなと感じた。もちろん、これはこれで重要な論考だが、ただ一般の読者からすると、もうちょっと代表的な料理とか、もっと言えば当世レストラン事情なども別途あったら有難かっただろう。

 というわけで、知り合いの研究者が書いた現代事情などに関する章よりも、やはり自分の知らない分野の章の方が、新鮮な発見が多かった。グルジアがジョージアに変わったことだし、そろそろ改訂版でも、どうですか。



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