20141125akhmetov

 ロシア『RBC』誌の2014年10月号に、ウクライナ切っての富豪R.アフメトフと彼の財閥「システム・キャピタル・マネジメント(SCM)」が、ドンバス紛争によってどのような状況に陥り、今後どうなっていくのかということを論じた記事が出ている。こちらでウェブ版を閲覧もできる。上のような図が出ていたので「おお!」と注目したのだが、分析自体はわりと凡庸というか、それほど新味がないような…。ともあれ、記事の要旨を以下のとおり抄訳しておく。

 7月にドニプロペトロウシク州のI.コロモイシキー知事は、分離主義の支持者の資産を没収することを提唱した。副知事のB.フィラトフは、R.アフメトフらが数十の工場、電力会社、ウクルテレコムを公開入札なしで、タダ同然に取得したと批判した。他方、自称「ドネツィク人民共和国」の幹部も最近になって、基礎産業部門は人民共和国の所有に帰属すべきだとの立場を示している。

 8月の戦闘の被害を受け、アフメトフの資産のうち4工場が稼働を停止した。生産連関が崩れ、鉄鋼・石炭の生産が低下している。数カ月にわたりアフメトフはキエフ、分離主義のどちらにも付かず、バランスをとろうとしてきた。しかし、ドンバスが戦乱に巻き込まれると、その盟主と言われたアフメトフも、距離を置くことは至難になった。

 2013年1月現在、Bloombergのランキングによれば、アフメトフの資産総額は223億ドルとされ、ウクライナで1位、世界でも26位で、ロシアのどの富豪よりも上だった。ところが、2014年9月には127億ドルまで落ち、ロシアの6人の富豪に抜かれてしまった。

 アフメトフの財閥SCMは、鉄鋼のメトインヴェスト、石炭・電力のDTEK、第一ウクライナ国際銀行、等々から成る。2010年にV.ヤヌコーヴィチ政権が誕生すると、アフメトフの帝国は拡大した。2012年の時点で、DTEKはウクライナの石炭採掘の46.1%、発電の28.5%、売電の37.8%を占めた。2012年にはSCMの売上高は235億ドルで、うちメトインヴェストが53.4%、DTEKが39.7%を占めた。SCMは国営のナフトガスに次ぐウクライナ第2の納税者であり、2012年の時点で290億フリウニャを納入し、税収の4.7%を占めた。SCMの従業員総数は50万人を超える。

 2012年の時点で、メトインヴェストの売上128億ドルのうち(注:若干計算が合わないが)、24%が欧州市場だった。これは同社にとって国内市場よりも5%大きく、CIS市場の2倍だった。アフメトフはかねてからSCMの多国籍化を推進しており、自社製品のEU市場へのアクセスを容易にするEUとの連合協定を支持した。ユーロマイダン、クリミア編入の過程で、アフメトフはウクライナの一体性を支持する立場を示していた。

 しかし、アフメトフは自分の持ち札もキープしようとした。4月上旬に東ウクライナで中央政府に反旗を翻す勢力が行政府庁舎などを占拠した際に、中央政府側が実力行使を試みようとした。その際、アフメトフの声に酷似した声の持ち主が、反乱派と路上で会話している様子がインターネットに流れ、「もしも強制排除が行われるなら、私は貴方方とともにある」と発言した様子が伝えられた。その際には、反乱派への説得が成功し、内務省本部に出向いて交渉の席に着くことになった。その数日後には、アフメトフは「ドンバスに一目置かせる」ために、抗議運動を支持すると発言し、自らは、ドンバスに出向いてきたA.アヴァコフ内相、A.ヤツェニューク首相との交渉に参加した。ただ、交渉は実を結ばず、4月15日にはO.トゥルチノフ大統領代行が、ウクライナ南東部のテロ撲滅作戦は実力行使の段階に至ったと言明した。

 ドンバス紛争は当初、アフメトフのビジネスにあまり影響を及ぼさなかった。2014年1~6月のメトインヴェストの生産は前年同期に比べて、粗鋼で8%、鉄鉱石精鉱で3%、原料炭は21%減ったが、同社では季節的要因によるものと説明していた。

 政治面では、アフメトフは、キエフ、ドンバスの板挟みに会い、苦境に立たされた。アフメトフは、駆け引きをしようとしていたのだと見られる。SCMの広報によれば、アフメトフ自身はドネツィクに留まっているという。ある専門家の指摘によれば、もしもアフメトフがこの地を離れてしまうと、国全体の力のバランスが崩れてしまい、アフメトフも二度と戻ってこれなくなるかもしれない、ということである。

 この春にアフメトフは、ドンバスはウクライナに留まるべきだが、より多くの権力を与えられるべきだと、自らの立場を明確にした。5月14日のビデオでアフメトフは憲法改正と分権化を呼びかけた。権力をキエフに集中しておいて地域を発展させるのは無理があるというのである。ただし、人民共和国の創設や、ロシアへの編入には反対の立場である。仮にそんなことになったら、彼の製品は制裁で誰も買ってくれなくなるわけだから、これも当然である。

 そうこうするうちに、紛争がアフメトフのビジネスに直接の打撃を及ぼすようになった。5月19日付のビデオでアフメトフは、人民共和国側が鉄道を占拠してそれを止めたが、鉄道はドンバスの心臓であり、鉄道なしではドンバスの産業は死んでしまうと指摘した。

 5月25日に人民共和国側が占領したドネツィクで、空港をめぐる攻防戦が始まり、初めてウクライナ軍が空爆に訴え、被害者が出た。6月後半になると、アフメトフは中央政府を批判する立場に転じ、事あるごとに「交渉」を唱えるようになった。分離主義勢力がドネツィクに兵力を集結すると、7月6日のテレビインタビューでアフメトフは、「ドンバスを爆撃してはならない」ということを再三繰り返した。同日にはメトインヴェスト傘下のハルツィシク鋼管工場に武装主義勢力が来襲し、車両10台を奪って逃げた。数日後には「赤いパルチザン」炭鉱、クラスノドンヴヒーリャなどが被弾し、死傷者が出た。送電線の破損、炭鉱の休止が相次いだ。7月22日にはアウデエフカ・コークス化学工場が被弾。8月にはエネキエヴェ冶金工場、「サモソノウスカ西」炭鉱、「コムソモレツィ・ドンバサ」炭鉱が被害を受け、エナキエヴェ・コークス化学工場、ハルツィシク鋼管工場、マキイウカ冶金工場が操業を停止した。8月半ばまでには、鉄道の破損と戦闘の激化により、高炉へのコークスの供給が大幅に縮小した。専門家は、9月にはその影響が明瞭になるだろうとしている。

 しかし、アフメトフにとっての最大の脅威は、コロモイシキー・ドニプロペトロウシク州知事と、ドネツィク人民共和国が、それぞれの側からアフメトフの資産を国有化しようとしていることにあるという指摘もある。アフメトフが行政資源を失った今、コロモイシキーの攻撃をかわすのは困難かもしれない。しかし、権力闘争のバランス上、いまやP.ポロシェンコ大統領にとってアフメトフは同盟者だという見方もある。

 人民共和国幹部によると、アフメトフの代表者が人民共和国側に接触し、自分の資産には爆撃を加えないように依頼した。同時に、アフメトフは資金の提供を申し出たが、人民共和国側が断った、という。アフメトフの広報は、これは「作り話」であり、以前アフメトフ本人が明言したように、アフメトフは人民共和国に資金を提供したことはないし、これからもないと主張した。

 アフメトフはこれまで、ウクライナのどんな政権とも話をつけてきた。そのビジネス帝国の規模ゆえに、ウクライナで特有の地位を築き、ある意味でどんな政権よりも盤石で安定していた。しかし、さすがのアフメトフも、戦争は未体験の事態であり、金と武器のどちらが勝つのか、予断を許さない。


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