20140806gendaishisou

 書評で定期刊行物を取り上げるのは異例かもしれないが、この『現代思想』のロシア特集(【特集】 ロシア ―帝政からソ連崩壊、そしてウクライナ危機の向こう側)は、下手な単行本では太刀打ちできないほど中身が濃く、充分にその価値がある。

 ウクライナ危機・クリミア併合・ドンバス紛争が逆照射するような形で、世界は改めてロシアという文明・国の存在に向き合うことを迫られている。この『現代思想』のロシア特集は、その課題に正面から挑んだ意欲的な企画だ。この特集の特徴は、社会科学系の研究者に加えて、文学者たちが多く登場していることであり、文芸的なことに疎い評者にはとても新鮮味があった。

 亀山郁夫「ロシアはどこへ向かうか」、塩川伸明・沼野充義「討議:ウクライナ危機の深層を読む」、松里公孝「クリミアの内政と政変」、赤尾光春「ユダヤ・ファクターから見たウクライナとロシアの動向」、岩下明裕「日露関係とウクライナ危機」、宇山智彦「変質するロシアがユーラシアに広げる不安」、土佐弘之「Gゼロ時代のユーラシアにおける文明的圏域の思想」、加藤有子「ポーランド・ウクライナ国境地帯からみた『ヨーロッパ』」と、これでもまだすべてではないが、充実した論考が多数掲載されている。

 亀山郁夫氏の「ロシアはどこへ向かうか」を読んで、ロシアを理解しそれと付き合う難しさを、改めて痛感した。我々ロシア研究者は、「ロシアの論理」「ロシアの価値」的なものを理解しようと、日頃努力している。しかし、それが高じると、その論理や価値を受け入れてしまったり、さらにはその代弁者になってしまう恐れがある。私自身も思い当たるところがあるが、プーチンのクリミア演説などを聞いていると、部分的に同調してしまいそうになる自分がいるのである。ロシアを理解することは必要でも、それを受け入れることは別であり、国際的なルールや価値が優先されるべきであることは言うまでもない。

 その点で、宇山智彦氏の「変質するロシアがユーラシアに広げる不安」は、バランス感覚に非常に優れており、ロシア発の情報に偏りがちの当方としては、反省させられる点が多かった。クルグズスタン(キルギス)とウクライナの政変を対比して、ロシアの対応の矛盾を指摘するくだりなどは、中央アジアに造詣が深い宇山氏ならではの論点だろう。

 それにしても、「討議:ウクライナ危機の深層を読む」における塩川伸明氏の「蜘蛛の糸」の比喩は、言い得て妙である。EUという存在、そしてロシアとの関係性、その狭間に置かれた国々の苦悩について、的確に言い表した表現だと思う。

 本特集の中でも、白眉と言えるのが、松里公孝氏の「クリミアの内政と政変」である。誇張ではなく、クリミア編入の過程について、世界最高水準の研究成果なのではないだろうか。ウクライナ危機を受けて参入してきた凡百の研究者やジャーナリストたちと違って、松里氏は危機前から現地に入って調査を手掛けており、あのS.アクショーノフ氏がクリミア首相に就任する半年前に本人にインタビューまでしているのである。この松里論文だけでも、この号を入手する価値がある。

 幸い、『現代思想』7月号ロシア特集は、まだ入手が可能なようで、8月初頭現在、アマゾンでも購入可能な状態になっている。

 (青土社、1,300円+税、ISBN978-4-7917-1282-3)



ブログ・ランキングに参加していますので、
よかったら1日1回クリックをお願いします。
にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ