「ロシア産業・企業家同盟」と言えば、「ロシアの経団連」などとも呼ばれ、一頃は「オリガルヒの巣窟」などとも言われていた、ロシアの中心的な経済団体である。この産業・企業家同盟の総会が2月9日に開かれ、大統領選に立候補しているプーチン首相がこれに出席して演説を行った。なお、もう一人の大統領候補であるプロホロフ氏も、自身が産業・企業家同盟の幹部ということもあって、総会に出席したということである。

 総会におけるプーチンの演説については、首相サイトのこちらのページに、そのテキストが掲載されている。ただ、逐語的に紹介している余裕はないので、ここでは政治工学センターのA.イヴァフニク政治分析部長によるこちらの論評を、ごくかいつまんで、以下のとおりまとめておく。

 2月9日にプーチンが産業・企業家同盟の総会で演説したことは、選挙戦のハイライトの一つとなった。この演説でプーチンは、大企業の財界よりも、市民への訴求を重視した。まず、一握りの金持ちくらいしか利用できない長い新年休暇を短縮し、その代り5月初頭の休日を増やすという(この時期は市民が家庭菜園に精を出す時期)、市民の間で求める声の多いアイディアへの支持を表明した。

 その一方でプーチンは、ロシア社会にビジネス、私的所有に対する否定的態度が広がっているのは、ソ連時代をルーツとするというよりも、90年代に国有資産が不明朗な形で簒奪されたことに起因していると指摘、こうした過去に終止符を打つため民営化の受益者による国庫への納付金のようなものを検討すべきという考えを示した。ただし、英国で1997年に労働党政権が誕生した際に、サッチャー時代の民営化で過大な利益を得た向きが、埋め合わせのために重税を課せられた例こそあるものの、ロシアでは所有者も所有構造もその後変容しており、誰がどれだけの納付義務を負うか、弾き出すのは至難である。したがって、このテーマは、選挙が終わってしばらくすれば、フェードアウトするだろう。一般市民にとってみれば、プロホロフが大会で語ったとおり、すべての層のビジネスを「腐敗税」から解放することの方が、はるかに切実である。というわけで、プーチンのこの発言は、他人の財産をやっかむような人々へのウケを狙った大衆迎合的なポーズと言える。同じ層に向けてプーチンは、贅沢税を導入する必要があるという主張を繰り返したが、その際にもプーチンが財政赤字補填の観点ではなく、道徳的な側面を強調したのが特徴的だった。

 むろん大会での演説でプーチンは、大企業の犠牲を求めただけでなく、支援の姿勢も示した。たとえば、行政の許認可手続きの期間短縮や数およびコストの削減、関税や税制に関連した法令の評価制度、非資源部門への税負担軽減、建設許可の容易化、等々について語った。しかし、これらの提案はまったくの一般論として提示され、具体的な措置や期限についての説明はなかった。過去10年、ロシアの経済界は再三にわたってこうした提案を聞かされてきたわけだが、ロシアのビジネス環境は劣悪なままである。改善のためには、抜本的な制度改革が必要だが、産業・企業家同盟での演説でも、一連の新聞論文でも、プーチンはそのことを語っていない。

 それでも、大企業の代表者たちはプーチンの演説を熱心に聞き入り、ロビーですら彼を批判する向きはなかった。産業・企業家同盟は、2000年代の初頭は国と対等の立場で経済政策の基本的な方向性を決定付けていたものの、そのステータスを失って久しく、今では各自の個別の問題の解決を陳情するだけの聞き分けの良い存在になっている。昨今、ロシアの社会では劇的な変化が生じているわけだが、その変化が財界トップの姿勢を変えるところまではまだ至っていないようだ。