2月4日でモスクワを中心にロシア各地で開かれた反政権デモ、およびそれに対抗する政権支持集会の事実関係については、一般のマスコミが伝えているので、ここでは省略する。さしあたり、私の友人の特派員が書いた記事がこちらにあるので、ご参照いただきたい。私としては、インターネット新聞『ガゼータ』のこちらの社説が目に留まったので、その要旨を以下のとおり紹介しておきたい。

 反政府運動家たちはそろそろ、一般的なスローガンから、どのようにロシアの政治システムを変えていくべきか、3月4日後に一日一日、一歩一歩をどのように進めていくべきかを、提示すべき時だろう。

 親プーチン集会と反プーチン集会のどちらが参加者の数が多かったかということなどは、意味がない。肝心なのは、当局による動員がないにもかかわらず、また最悪の気候にもかかわらず、現政権に反対して数万人の市民が集まったということだ。彼らの抗議を、気まぐれと受け取ってはならず、これは出口を求める切なる声である。そして、その感覚は深まっている。政権を支持するデモに参加している者たちですら、政権のやり方を信頼はしていない。その親玉であるプーチンですら現在の権力体系は有効ではないと思っており、それゆえに自らの本物の支持者に、動員をかけた参加者を混ぜ、反政府側を真似た受け身の対応しかできなかった。つまり、政権は現在の状況への対応を迫られながら、実際にはどうしていいか分からないのだ。

 このように政権側が苦悩しているわけだが、だからといって反政府側の課題が楽になるわけではない。反政府集会で最も流布しているスローガンは「プーチンなきロシア」だが、それを近いうちに実現することは不可能で、だとすると形成されつつある社会運動が、失速し白けに変わってしまう恐れがある。大統領選でプーチンが勝つ可能性が相当高いとしても、反政府側の課題は変わらないのだ。反政府側は現在、選挙監視を大規模に普及させ、プーチンの大勝を阻止することを目指しているわけだが、もしもプーチンの勝利が微妙なものに終わったら、それは「雪革命」の終わりではなく、ロシアの漸進的な改造の始まりを意味するかもしれない。そのためには、選挙前はともかく、選挙後には単純なスローガンは控えて、日常的で長期的な活動への準備を進めなければならない。

 その際に、市民社会は、少なくとも2つの方向性を目指すべきである。それは、選挙法の本質的な修正に向け政権に圧力をかけ続けること、そして司法システムの抜本的な改革を求めることである。その2つとも、政権が改革に乗り出したかのようにも見えるが、不充分であったり、まやかしであったりする。現在提案されている政治改革は、あまりに不明確で、場合によっては権力の一層の独占を招く恐れもある。司法改革にしても、何ら改善はもたらしていない。この2つの改革は、ナショナリストからリベラルまで、政権に反対しているバラバラな勢力を束ねる結節点になりうるという意味でも、有効である。